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大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)380号 決定

抗告人 松野幹夫

相手方 兵庫運河株式会社

主文

原決定を取消す。

本件を神戸地方裁判所に差戻す。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

原決定は、未登記不動産の仮差押執行の申立には、債務者の所有たることを証すべき証書の添附を必要とするところ、本件仮差押執行の対象たる神戸市長田区苅藻島町一丁目一番地の一地先埋立地一、雑種地二、六七〇坪一合(八反九畝)が債務者である相手方の所有であることを証するに足る書面の提出がないものとして、抗告人の仮差押執行の申立を却下したのでその当否について考えて見るのに

本件記録添附の書証を綜合すると本件仮差押執行の対象である前記土地がこれを含む五、五七〇坪一勺と共に相手方において所轄官庁の許可を受け海面を埋立てて造成せられたものであり、相手方が原始的にその所有権を取得したものであることを認めることができるのであつてこの点に関する当裁判所の判断は、原決定理由に説示するところと同じであるから、この点の判断に関する原決定の理由(原決定二枚目表九行目から三枚目裏一行目まで)を引用する。

そして抗告人提出の昭和三四年一〇月二三日付神戸地方法務局法務事務官新家一雄作成にかかる商業登記簿謄本、神戸地方裁判所昭和三二年(ワ)第七九二号事件の第六回口頭弁論調書(写)神戸市大観の記載によれば、相手方会社は大正八年一一月二九日株主総会の決議によつて同月三〇日解散し同年一二月二日解散の登記を為し清算手続に入り、ついで大正一〇年七月一六日株主総会の決議によつて清算が結了したものとして同年八月八日一たんその登記を了したが、なお残余財産があり右清算結了は錯誤によるものであつたので、昭和三一年九月一八日右清算結了の登記が抹消せられたことを認めることができ、また、賃貸人相手方借受人中部軍経理部長金山幾太郎間の昭和一七年四月一日付土地借上契約書によれば、右契約当時本件土地は相手方の所有に属していたことを認めることができ、その後右土地所有権が他に移転されたことを窺うに足る資料が存在しないから、現在もなお相手方の所有に属するものと推認すべきものである。

而して民事訴訟法第七四八条によれば仮差押の執行については、第七四九条以下の規定において差異を生ずる場合のほかは強制執行に関する規定を準用すべきものであり、不動産に対する執行の申立については同法第六四三条第一項第一号もしくは第二号所定の書面を添附しなければならないのであつて、本件不動産は未登記であるから右第二号の債務者の所有であることを証すべき証書の添附を要し、右にいう証書とは必ずしも当該不動産が債務者の所有であることを直接に証明する公文書であることを要せず、申立に添付された数通の書類を彼此綜合してこれを認めることができればその要件を充たしたものと解するを相当とするのである。

すると前に説示したところによれば、本件仮差押執行の申立には、本件仮差押の対象である前記土地が債務者の所有であることを証すべき証書の添附があつたものと認むべきであるから、この添附のないものとして本件申立を却下した原決定は失当としてこれを取消すべく、而して不動産の仮差押の執行は仮差押の命令を発した裁判所を以てその管轄執行裁判所とするのであるから、本件を管轄執行裁判所である神戸地方裁判所に差戻すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 加納実 沢井種雄 大野千里)

抗告の趣旨

一、原決定は之を取消す。

一、神戸地方裁判所昭和三四年(ヨ)第四六四号不動産仮差押申請事件の昭和三四年十一月十四日付仮差押決定の正本に基く執行として債務者が有する別紙目録の不動産は仮に之を差押へる訴訟費用は債務者の負担とする。

との御決定を求める。

抗告の理由

第一、民事訴訟法第六百四十三条第一項第二号の「債務者ノ所有タルコトヲ証ス可キ証書」について。

債務者兵庫運河株式会社が明治大正年間に亘り現存兵庫運河堀鑿大工事を完成し其工事と併行して堀鑿の土砂を以て埋立工事をなし苅藻島をつくつたことは神戸地方においては顕著な事実である。

原決定においても債務者兵庫運河株式会社が大正八年頃までは埋立によつて其土地所有者となつてゐたことは認められてゐるが其後の所有権の帰属が不明であるとの理由によつて抗告人の申立を却下せられた。

しかしもし第三者が右土地の所有権を取得した事実ありとすれば其第三者は右未登記の土地と雖も登記をしなければ第三者に対抗できないことは既に多数判例の示すところである。

(大審明三八年(オ)二二号)(大審明四二年(オ)三八六号)(大審大四年(オ)九七七号)(大審大六年(オ)二九七号)(大審昭三年(オ)八二二号)(大審昭八年(オ)三二四二号)(東控大一四年(ネ)六五九号)そうすると本件土地は債務者が原始取得したまゝで大正八年以後今日まで物権変動の登記がないのであるからいぜん債務者の所有が持続されてゐると推定するのがだ当であり、その推定の下に仮差押をしても他から苦情の出る余地はないと思われる。

民事訴訟法第六四三条第一項第二号の場合不動産が未登記なる場合は必ずしも直接に該不動産が債務者の所有なることを証すべき証書の添付を要せず添付書類を彼此綜合により該不動産の所有者なることを推定し得る場合に於ても前示法条の証書の添付があつたものと見なされ得るものである。

(東京地方大正一一年(メ)第一九五号大正一一年八月二六日民事部決定)

(評論第一一巻民法二六頁)

更に競売の目的たる不動産が債務者の所有に属することが前条第一号第二号の書類により一応認められる限り競売裁判所は果してその不動産が実体上債務者の所有に属するかどうかを調査し認定する権限も職責もない。

(昭和二七年(ラ)第一四八号東京高裁第四民事部決定)

すなわち前法条は所有権が「推定」せられ又「一応認め」られる程度を要求してゐるのである。

推定とははつきりしない事実を一応あることと定めて法律効果を生じさせることである。

(新法律学辞典五四三頁有斐閣)

本件の場合大正八年迄所有の事実が認められたのであつて爾後所有権の得喪変更の登記などによる格段の理由のない限りは引続き現在も債務者兵庫運河株式会社が所有権を有すると推定せらるべきものであると信ずる。

第二、右陳述の通り本件土地が債務者の所有であると推定するにつき原審裁判所が疑問を挿む余地がないでもないと認定した理由の諸点は論及する必要がないとも思はれるが一応左の通り説明する。

(1)  債務者兵庫運河株式会社の清算結了登記について、

右会社は埋立工事を始めるについて其海面に対する附近の漁民の漁業権を侵すため其代償として第三期埋立工事による土地の一部(本件土地)を漁船修理場網干場等に使用せしめることを約してゐたので工事完成後から戦時中軍が高射砲陣地として使用するまで本件土地は漁業組合において無料使用してゐた。

そして右会社の株主が全部代表者八尾善次郎の一族となり法律に暗い者の常として個人財産と同一視する誤りに陥り取締役の一人に処置を一任する旨の総会の決議をなして清算結了の登記をしたものである。

右会社は他にも二、三土地を所有してゐたがいづれも無料貸与のため当時としては実質上無価値の土地であるにかかわらず将来課税問題も起る虞もありなどの点から清算結了としたものと思はれる。

しかし残存債務等の関係から清算結了登記の誤りであることが痛感せられ再び清算会社の登記をしたやうである。

原審決定は清算結了としたから所有権は失つたのではないかと疑を持たれたが残存財産などの関係から其清算結了が誤りであつたとして再び清算に入つたのであつてその事実こそ残存財産のあつた証拠である。

本件土地を清算の対象から脱漏し永く未登記のまゝ放置してゐた点は前陳通り漁業組合の無料使用のものを強て課税の対象となる登記する必要も又当時として換価処分の対象となる程の価値もなかつたからであろうと思はれる。又それよりも最も大きな理由は代表取締役八尾善次郎家が先祖代々その附近の大富ごうとして勢威を兼ねた存在であつたので漁民の使用する土地を換価処分するなどの観念は一切なかつたので放置せられたものであろうと思はれる。

(2)  日高産業株式会社との関係。

日高産業株式会社が苅藻島町一丁目一の一土地を所有するに至つた経過と及び右土地と本件土地とは別個のものであることは別紙添付書類及図面によつて判然としてゐる。

尚その理由を附加して見ると。

(イ) 現在日高産業株式会社が右一番の一として占有使用してゐる土地と本件土地の間には鉄条網を以て堺塀をなしてゐる。

(ロ) 苅藻島は全部債務会社が測量計画の上公許を得て造成せられた土地であるから分筆譲渡するに当つて登記簿上の坪数と実測とは合致してゐる筈である。

日高産業株式会社の占有使用部分と其登記簿上の所有土地坪数とは合致してゐるのに更に本件土地二千六百七十坪〇一合といふ大きな土地がそれに包含されてゐる。

筈のないことはまことに明かである。

(ハ) 昭和十五年中前記一丁目一の一土地の当時の所有者東神興業株式会社(日高産業株式会社の前所有者)と共に債務会社が高射砲陣地として軍と賃貸借契約するに当り前者は所有地九千三百十五坪後者所有地五千三百九十五坪(第三期工事分)として契約してゐる。

(ニ) 日高産業株式会社は後記するやうに実質上(登記簿上は長谷川商事株式会社名を使用)昭和二十七年に其所有者となり鉄条網以西の部分に多数の建造物を築造してゐるが鉄条網以東の本件土地については占有使用した事実がないことは自己の所有でないことを認めてゐるが故である。

(ホ) 本件土地は昭和十五年軍が使用するまでは債務者から漁業組合が借受け漁網干場等に使用してゐた。

第三、法務局備付地籍図が現況を示すに確かでないことは顕著な事実であり原決定が認めてゐるとおりである。

法務局は地籍図については申請人が作成提出したものを転写備付けるのみで実測はしない。既存地籍図の変更については隣地所有者の同意書を添付せしめる程度である。

前記一丁目一の一のごとき造成土地で隣接部分が海面の場合は隣地関係がないものとして申請通り受理し転写して備付けられてゐるので、これを以て本件土地が隣地一番の一に包含されてゐる証左とすることはできないと信ずる。

第四、国及日高産業株式会社に対する債務会社の訴訟について。

債務会社は国及日高産業株式会社に対し苅藻島町一丁目一番の四土地二千七百二十五坪及本件土地について登記抹消及所有権確認等の訴を神戸地方裁判所え提出してゐる。

右両土地は債務者兵庫運河株式会社が苅藻島第三期埋立工事として造成したものであるが右一丁目一の四土地二千七百二十五坪は昭和十四年三月十一日大蔵省が保存登記(寄洲として原始取得)し同日東神興業株式会社に払下げの登記をしてゐる。

大蔵省は右土地を右登記の前年即ち昭和十三年六月三十日東神興業株式会社に払下げの契約をして代価を受領してゐる。これは異例の払下げ手続きである。

更に右土地は埋立地の一部であることは附近市民にとつて顕著のものであり且又隣接土地と境界の確認などせずして保存登記をして転売せられた上その事実が秘密に附されてゐたものか真実の所有者兵庫運河株式会社は右事実を知らずに昭和十五年前記のやうにこれを自己の所有として軍に賃貸し一方右払下によつて登記簿上所有者となつた東神興業株式会社は該土地を除外した自己所有全土地について軍と賃貸借契約を締結した。

債務者兵庫運河株式会社としては右払下について多大の疑念を挿むはもちろん元来自己の埋立所有地であるから国及転得者日高産業株式会社に対し登記抹消の請求並に本件土地の所有権確認の訴を提起してゐるのは当然のことであろうと思はれる。

これがために本件土地が債務者兵庫運河株式会社の所有であることに疑問を生ずるものではないと信ずる。

目録

神戸市長田区苅藻島町一丁目一番の一地先

埋立地

一、雑種地 二六七〇坪一合

但し未登録である。

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